Kevin's B-6

東大に0.1点差で落ちて悩んだ挙句後期から仮面浪人していた。何年か後にコイツこんな事思ってたのかwwwという楽しみのために書いている。

6月を乗り切った男の手記

    の楽園の先に憧れている でも ねぇ ちょっと 飛び込めないわ…

 

これはYUIさんの『 Hello~Paradise Kiss~』という曲の歌詞の一部で、最近恋愛漫画を読むようになって恋愛脳になりつつある僕にはなかなか乙な一曲です。なんかだと受験生にとってだと楽園の解釈次第で全く違う意味に感じられる気がしますが…

後、自分で書いといてなんなんですが、漫画のシーンなどで歌詞のみが描かれてセリフのないシーンがありますけど、あれその歌知らないと普通にで?って思いますよね。

 

前置き?が長くなりましたが、最近Helloが多浪に聴こえてしまう病気にかかった男ケビンです。こんにちは。今回は遂に強敵6月もオワコンになったということで久々に最近思った事でも書こうかな〜と思います。

 

まず大学生活の話。入学直後、友達なんて自然にできるでしょ…と思ってどっしり構えてたら、あっさり結構な孤独を味わう羽目になった、という女騎士顔負けの即落ち二コマを演じた私ですが(大学さんには勝てなかったよ…)、正直な話、去年まあまあ大変な一年を過ごしたのに待っていた生活がこれですか…という感じで毎日ぼやいていました。が、これはよくよく考えてみるとかなりのガバガバ理論でズレズレの話でした。というのも人生ではその人がその時にいるステージが変わる毎に求められる事も変わってくるからです。

例えば小学生。この時期は大抵、足の速さや身長に1番の価値というか周りからの評価のポイントが置かれていたと思います。同様に、中学生なら部活動、高校生なら彼女彼氏、受験生なら成績…と1番重要視されることというか価値判断の基準となる要素が人生の各ステージごとに変わっていくわけです。(勿論複合的なものですが。)これは大学生にとってだと、交友関係の広さや目標の有無、(彼氏彼女)等など…ということになると思います。つまり何が言いたいかというと前のステージで成功したからといってその価値観が次のステージにそのまま引き継がれることは無いので次のステージでの成功が約束されている訳では無いし、逆に前のステージで上手くいかなかったからといって次のステージで輝けないということは全くない、という事です。

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四月以降の僕のぼやきに自分で回答するとするならば、『確かに君は去年勉強を頑張ってやって、結果成績も伸びたけれど、その分社会性とか運動とかを犠牲にしていたのも事実なのでそれが結果として現れているに過ぎないよ。 』という風になります。

つまり独立なはずの2つのベクトル、つまり勉強と社会性をごっちゃにして考えていた、という事です。人間は理不尽な事には反発して感情的になりますがある種必然な事だと思えると納得して、感情によってではなく頭で動けるようになるのではないかと思うのでこういう考え方はアリなのではないかと思います。まぁ前のステージで上手くいった事が自信になって次のステージでも頑張りやすくなるというのは事実な気がしますが。あと、書いてる途中で思ったことですがこの、ステージごとの価値基準の違いという奴は、教授やプロスポーツ選手などその分野で秀でている人が教えるという点では大して上手くなかったり、営業で成功していた人が管理職になったらそうでもなくなってしまう、みたいな話や、逆に前の仕事では大したこと無かったけど違う部署に移ったら頭角を一気に現すようになったみたいな話に似てますね。今の現状から将来について悲観しすぎても楽観し過ぎても良くないのでは?という話でした。個人的にはどちらかといえば楽観の方が大物感あって好きですけどね。

 

続いては暗記についてです。

日本では最近思考力を重視して暗記なんて誰でも出来る…みたいな風潮がありまして、それはセンター試験が廃止される…みたいなところにも現れているわけですが、知識とは不思議なもので、我々に意外な所で影響を及ぼしてきます。例えば同じ風景を見ていても、ある知識を入れずに見るとの入れてから見るのでは大分差があります。同じ本を読んでも、1回目に読むのと2回目に読むのでは結構印象が異なる、という経験は誰しもがしたことがあるのではないかと思います。腕組みは防御の姿勢、と学べば何気ない動作からもその人の内面が見えてきますし、自然とその人の行動に視界の力点が置かれることになります。同様に地理で出てくるテラロッサや世界史で出てくるバルバロッサなど一見なんの繋がりもなく思える単語同士もロッサがroseに関連した『赤』を意味する単語だという知識を入れる事で途端にテラロッサ石灰岩が雨で酸化して『 赤く』なった土であったり、大海賊バルバロッサは二つ名が『赤』髭であったことや神聖ローマ皇帝フリードリヒ1世のあだ名が『 赤髭王』だったことが結びついてきます。このように知識は我々の世界の見方に結構な影響を及ぼしています。

また、新たな知識を入れることで自らの視界は変わり、頭の中にある引き出しの数が増えるので、それまでは考えもしなかったような新たな疑問が発生しやすくなります。大昔に疑問は成功の種だ…的な、ノーベルなんとか賞受賞者の言葉を聞いた覚えがありますがその疑問を連鎖的に産む方法こそが知識を入れて、繋ぎ合わせ、視界を変えていくことなのではないでしょうか。

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というわけで、知識を暗記するだけでは次に繋がらないとおもうかもしれませんが知識を入れたことの結果として世界の見え方が変わることで連鎖的に自分の世界を広げていくことが出来るのではないかと思います。以上知ることって結構大事じゃね?って話でした。

 

最後に点と点の話です。

受験に脳を侵されたので点と…と言われると反射的に直線の距離?と言いたくなりますが、ここでは全く関係ないように思えていた事柄が突然結びつくことを指したいと思います。刺して独り占めしたい程自分のことを好いてくれている存在がいる人もいるのに対して、気軽に一挿しすることもできない僕にとっては何であれ簡単に指せることは非常に喜ばしいことですが、それはさておき。かの有名なスティーブ・ジョブズはある大学でのスピーチで、彼が生み出したフォントの考えは、かつて何の気なしに大学で取ったカリグラフィ(習字)の授業から着想を得たと語っていました。

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同じく?、去年授業の半分くらいをためになる雑談に充てた某O島先生も今は死語であるラテン語を何となくやっておいたことでその後の様々な言語の習得においてめちゃくちゃ役に立ったそうです。何が言いたいかと言うと人生でチャレンジ、経験した事はどこでどこと繋がるか全くわからないので、将来の目標のためだけにやる事を固めてそれに没頭するのもいいけど、ちょっと寄り道してみても、将来思いがけず役に立って、結果的に寄り道じゃなくなることもあるかもしれないよってことです。

 

1度に沢山書いてしまうと、次に書く時に上げる腰も重くなる、という事は分かっていたのですがまた無駄に多く書いてしまいましたorz

 

ここまで辿りついた人がいるのかという疑問は置いておいて、以上、去年1年間、そこら辺の道で草をむしゃむしゃ頬張っていた男の戯言でした。さよなら、よりも、またね〜、の方がお別れ感がないと思うのでまたね〜☆としておきます。では。

 

P.S. 毎日虚ろな目で大学に通っている人間がネットでは☆マークとか使っちゃってるの、ネットって感じで好き。